「呪い」(のろい)、かかってませんか?②|親のもつ素晴らしい力に、気づいていますか?

11月 20, 2020内なる本当の自分,子育て,生き方

「呪い」がじっさいにある、なんてこと聞くと「そんなことは信じない」「ありえない」という人がけっこう多いのではないかと思います。

じつは私もどちらかと言えば信じないタイプ、というか信じたくないといった方がより正確かもしれません。

ここで問題になっているのはどちらかといえば「呪縛」の方です

心理的な方の「呪縛」ですね。

とは言っても日頃から

「私は呪縛にかけられている」

なんていうふうに思いながら暮らしている人はそうそういないと思いますが

じつは親から呪い(のろい)を受けている人は結構いるというふうに考える人がおり、私はこの考え方に共感する部分がかなりあります

もちろんまじない師がたくさんいるという意味ではなく、親の言動によって子供の自己効力感とか様々な面に影響を与えうるという意味です。

たとえばある子供が絵を描いていたとします

絵が得意で、絵を描いている時間が好きです。

そんな彼があるとき父親からこんな言葉をかけられます

「そんなことをしていても将来なんにもならないよ」

小さなころから絵をかくのが好きだった彼は、その日を境に絵を描くことをやめました

ほんとうにかわいそうな話ですが、彼の勇気を挫くのにその一言で十分だったのです

どんな子供も、親を喜ばせたいと思っていることでしょう。

親の期待になんとかして応えようとしている、ということがわかるときがあります。生き様を見ているとわかります

それは特にスポーツ選手などに顕著で、「親の反対を押し切って練習した」なんていう話は聞いたことはありません。金メダルをとった人がそんな話をしているのを聞いたことがあるでしょうか?

2005年シーズンに千葉ロッテの監督としてチームを31年ぶりの日本一に導いたバレンタイン氏は、テレビ番組の企画で少年野球のチームを指導したことがありますが、そのときの彼の言葉は印象的です。

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ボビー・バレンタイン CC BY-SA 2.0

彼は野球少年の親たちに向けてこんなメッセージを放ちます

「子供たちはみんな一生懸命やっている。なんとか失敗しないように、失敗を恐れているのです。失敗を恐れるあまり、プレーが委縮してしまうということが、野球選手にはよくあります。それでうまくすれば失敗は減るかもしれませんが、それで試合に勝てるかと言えばそうでもなく、いいプレーができるわけでもありません。

選手は失敗を恐れずにいいプレーができるように、果敢に挑戦する必要があります。いいプレーをした結果として、試合にも勝つことができ、自信にもつながります。

――なぜ、子供たちはそれほど失敗を恐れるのでしょうか。

一つには、それはみなさん(親御さん)を悲しませたくないからです。失敗することで、親を失望させたくないのです。

だからみなさん、子供たちがいいプレーをしようとして果敢に挑戦し、結果としてまずい結果になったとしてもそれを認めてあげてほしいのです」*1

どうでしょうか。

私は子供に対して、これ以上愛にあふれる指導者の態度というものを他に見たことがありません。

まさに野球の指導者として何十年とキャリアを重ねる中で、選手の気持ちの深くまで理解することに到達したことによってなされる発言です。真に人に寄り添う、というのはこういうことなんではないでしょうか。

そしてまた選手に対し、人に対して深い愛がなければできないことでしょう。

その意味でほんとうにすごい監督だなと思います。

ですから、人というのはどういうわけかわからないんですけども、とにかく親を喜ばせたいものらしいんですね。

とにかく喜ばせたい。親を。

両親の喜ぶ顔を見たいんですね。

子供というのはそういう意味ではどこまでも健気であり、また逆の意味で無力でもあります。

「ああ、自分が頑張ればお父さん・お母さんは喜ぶんだな、喜んでくれるんだな、」

と思うんでしょうね。

最近、多くの日本人に愛されつつも、コロナ禍で物故した志村けんさんも自らがお笑いの道に進んだ理由についてある番組でこんなふうに明かしています

「自分の父親は本当にかたい人間で食事の時もクスリとも笑わない。でもあるときテレビでお笑いをやっているのを見て、『ハハッ』って笑ったんですよ!そのぜんぜん笑わない親父が。」

「それで思ったんですよ、ああ、お笑いっていうのはそういう力があるんだなぁ、って。それが最初のきっかけ」

ようするにお笑いには人を楽しませる力がある、重い空気を変える力があるんだということに彼は気づいたのでしょう。

これは突き詰めれば親を楽しませたい、喜ばせたいということに行き着くということではないでしょうか。

志村けんさんのお父さんは小学校の先生だったそうですが、ある意味では彼を戦後最大の喜劇王に育てたのはお父さんがテレビの前でただ一言「ハハッ」と笑ったという、その一言が彼をそこに至らしめる源になったということです。

そこでもし、お父さんがやはりクスリとも笑わなければ彼はお笑いなんてやらなかったかもしれませんね。

ですから、子供というのはどこまでも健気と言いますか

「ああ、これをやればお父さん・お母さんは喜んでくれるかもしれないぞ…(‼)」

ということを一生懸命にやりますね。

だから親としては大きな影響力があるということに怖くなるくらいです。大きな責任を感じます。

ちょっと面白くない顔をすればいいのですね。

そして一言ささやくだけで呪いは完成です。

人によって、「そんな親の顔色なんてまったく気にしていない」という人もあるかもしれません。

ですが、やはり自分がそういった影響を受けているかも知れないということを自覚するのとしないのでは全然違うように私は感じます。

「自分」というものを見つめなおすことにもなります。ほんとうは自分は何を望んでいたのか、発見することにもなるかもしれませんよ。

また、子供によっては(私のように)影響をもろに受けてしまうかもしれません。自分が気にしないからといって、子どももそうだとは限りませんよね?

とくに繊細なタイプのお子さんには注意が必要だと思います(「呪い」を受けやすい)

ですから、やっぱりあるわけですね。

できることなら、お子さんに「素敵な魔法」をかけてあげたいものです。

また自分が「眠り姫」だったとしたら、ひょっとしたら百年の魔法が解けて眠りから目覚める可能性だってあるわけですから。

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*1:実際に語った言葉を一言一句記憶しているわけではありませんがバレンタイン監督が言おうとした内容はこれで間違いないと思います。(たとえば彼の著作『ボビー流 バレンタイン監督の生き方・考え方』 と照らし合わせてみても。)