むかし墓石屋だった①

もうかなり昔の話になるが、墓石屋に勤めていたことがある

 

墓石屋というとなにかパッとしないイメージだとは思うし、自分でもそう思う

 

ふつう墓石というと、いざその時になってはじめてバタバタと葬式の準備をしたりしながら「墓も必要だよな、どうする」という感じで準備し始めるのだろうか

 

しかし最近では「終活」(しゅうかつ)という言葉がなかば流行語のようになっていることをみればあきらかなように、すでに

 

必要になってから準備する

 

という墓の建て方に対する意識もだいぶ変化したようにみえる

 

もはや「終活」という言葉はトレンドと化しているように見えるし、「終活」をとりまくビジネスの流れもひとめぐりしてしまったのではないかとすら思う

 

というわけだから、もう”元気なうちに墓を建てる”なんていうことは珍しいことでもなんでもないと言ってもいいのかもしれないが

 

とはいえ私が墓石屋(石屋と言ったりもする)で働いていた十年ぐらい前はまだまだ

”元気なうちに墓を建てる”

なんていうのは一般的ではなかったし、とび込みでお客さんのところに電話をして

「霊園を見にいきませんか」

なんて言ったら

「おまえはオレを殺す気か?!」

というふうにはっきりと断られることすらある

じっさいお客さんの所で首をしめられたこともある

 

首しめをくらったと言っても、かなり仲良くなったお客さんであって冗談っぽくではあったのですが、それでもかなりはっきりした拒否反応だったので十年たった今でも覚えている

 

じっさいそこまではっきり断る人というのはあまりいないのだが、本音の所みんな同じだと思う

自分が入る墓のことなどほんとうはだれも考えたくはないだろう

 

説明があとになりましたが、私はこの墓石屋で何をしていたかというと別に墓地で墓を組み立てていたわけでもなく

ハンマーで石と格闘する石工(いしく)だったわけでもなく

墓石を磨く砥石(といし)なんか話に聞くだけでじっさいに見たこともないぐらいでした

 

ーーじゃあいったい何をしていたかというと、(今思い出しても自分でわらってしまいますが)

 

朝から晩まで電話をかけまくって

 

いました

 

朝8時までに会社に出勤し(今思うと早い)

朝礼が終わったらみんなでお店と事務所の掃除をし

そしてたばこを一服し終えたら

誰からというこということなくお客さんのところに一本目の電話かけ始める

 

お客さんと言ってもだれもお墓を建てたことはないし、もう建てた人はあとは安心なわけですから、みんな見込みのお客さんなわけです

当然のことながら

「おたく気にいったからもう一つたのむわ~」

という人はいません

 

お墓を持っている人はふつうはお客さんになりえないわけです

 

と、ここまでなにか当たり前のように説明してきましたが

ふつう石屋というと大なり小なりお店があって

そこにサンプルの墓石が飾ってあったり(店の中に置くか外に置くかという違いはあれども)そこでお客さんがくるのを待っているのが主でしょうし

それが昔からの石屋のスタイルであろうと思います

 

特に昔からある大きなお寺などには、やはり昔からおつきあいのある石屋が入っている

たとえば仏教であれば〇〇宗の総本山といわれるような大きなお寺であったり

歴史の教科書や美術書でよく目にするような古刹(こさつ:古い有名な寺)

こういったところにはもちろん大きな墓所があり、さらに有名どころのお寺ほどおカネもかかります(したがって富裕層向けになるのでしょうか)

 

ですのでこういったお寺と古くから関係を築いている「老舗」(しにせ)の石屋さんの商売と言ったら堅いでしょう

なんせお寺から仕事がまわってくるのですから(しかもいいお客さんも多いでしょう)

 

これに対して私がいた石屋さんの営業スタイルというのは真逆でした

まず石屋の口から「営業スタイル」という言葉が出てくるのがまず

(えっ?)

という感じではないでしょうか

そもそも墓石というものは売り込んだり売り込まれたりするイメージがあまりわかないし、だからこそ「墓地、見に行きませんか?」なんていう電話がかかってきたら「なに言ってるんだ」という感じになるでしょう

もっと静かな、しんみりとしたイメージでしょうか

 

でもうちの石屋ではそうではなかったのです

「ご主人!見に行きましょうよ!ね、お願いですから!」

「やだよ、忙しいし、寒いし」

「車で迎えに行きますよ」

「いいよぉ、ワザワザ来なくてもぉ~・・・春になったら行くよ」

「ご主人、春になったら花粉症だから行かないっていうんでしょう?去年そう言ってましたよ!(ちゃんと一年前のことがメモしてある)」

「(そうだっけ?)とにかく忙しいから電話切るよ、ね、切るよ・・・」

「あっ、あぅご主人電話切らないでお願いだから あっ、そうご主人詩吟(しぎん)好きでしたよね(ガチャ…←電話切られる)」

 

こんな感じで

とても一般のイメージとはかけ離れているというか…

ヘンですよね?

でもこれが実際にやられていたのです

そしてほんとうにお客さんが墓地にきて、

そしてあろうことか

まったく墓のことなんて考えてなかった人が墓を買っていく

のです

 

ちょっと信じられなくないですか?

押し売りだと思われますか?

たしかにかなり押しのつよいところはありましたが、しかしいくらゴリ押しでいってもまったく買う気のない人が何百万円もする買い物をするでしょうか?

 

「奥さん、お願い。一回来て」

この言葉で何人の奥さんそしてご主人お墓を衝動買いしたことでしょうか…(次回に続きます)

 

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